| 「一過性愛国心」 昨年のWBC、先日の日韓ハンドボール。 そして、間違いなく今年の北京オリンピック。 僕も含め、真剣に応援する人も多いだろう。 しかし、一過性愛国心もまた流行る。
例えばこんな疑問。
「お米」は、いかに理解されているのだろうか。
イネは元々、亜熱帯原産の植物である。
それが今では、北海道でも収穫が可能だ。 山がちな国で、どの地域でも作付けされている。 これは、素晴らしい事なんだ。
坂上田村麻呂は、東北に農業試験場を作った。
民は、植林し、山を手入れし、河川を制御し、
和算と土木技術を駆使し、「田」を育てた。
皆が、けして優しくはない気象条件と闘った。
そうやって、風習や文化が形成された。
そうやって、美しい山河が作られた。
涙と汗の堆積として、歴史が重ねられた。
その事実、史実がどれほど理解されているのか。
毎日のご飯に、どれほどの思いがあるのか。
大食いをテーマにした軽薄なテレビ番組。
賞味期限の名の下、捨てられるコンビニ弁当。
これは文化でも正しい経済活動でもない。
何も思わず、何にも感謝していない。
例えばこんな疑問。
大東亜戦争は日本国の過ちには違いない。
しかし、全ての国民がそれを望んだのか。
戦争指導者と、強制された者は一緒ではない。
それぞれの思いで国を憂えた人もいたはず。
それぞれの家族を憂えた人だっていたはず。
そうやって、今に至る犠牲になった人がいる。
しかし、悪も犠牲も同じ靖国神社に祀られた。
そして、踏み絵に過ぎない恒例の参拝報道。
これでは、真の歴史認識とはならない。
敬いや、悲劇への共感も曖昧になる。
父方の祖父は、戦死した召集兵だった。
帰還して、ご飯を腹一杯食べたかっただろう。
農作業の家族を、きっと心配しただろう。
美しい山河を、何度も夢見ただろう。
日本人として、ゆっくりと老いたかっただろう。
生きて帰ってきていたら・・・・・ 絶対にお米を粗末にしたりはしない。 亡くなった戦友だって忘れはしない。 そして、大切なことを教えてくれただろう。 日本人として、忘れてはならないことを。
日々の食事の意味を深く知るべきだ。
祖父や曽祖父の時代にも目を逸らすな。
太古から近い過去の苦労を考えよう。
テレビのバカ騒ぎだって、今は自由だろうが、
それが成立つ土台に気付かねばならない。
僕は中卒で、高校も通信制だった。
だけど、母親はご飯の意味を教えてくれた。
僕なりの思いで、靖国神社だって参拝した。
色々と夫婦で話し合うこともある。
妻だって、特攻隊の話に涙ぐんでいた。
そんな事が「愛国心」だとは言わないが、
日本人の末裔と、一員の認識は深まる。
けして観客型の愛国者じゃない自信はある。
山間の、美しい棚田の風景をご存知だろうか。
あれこそ、日本人の誇る世界遺産だ。
硫黄島の洞窟跡。
あれこそ、一国の首相が参拝すべき場所だ。
偉そうに聞こえるだろうか。
だけど、みんなで盛り上がろうではないか。
一過性の熱さじゃなくて、じっくり確実に。 |