「百聞は一見にしかず」と言う。 広大な北海道に、よく当てはまる言葉だ。
自分の車で移動し、人、町、風景に訊く。 様々な答え、事実、思いが返ってくる。
旭川の隣、深川市。 北海道内でも、比較的に冬が厳しい地域だ。 だが農業も盛んで、稲やソバの作付けも多い。 最近では、食味に優れた銘柄米も収穫される。
深川の市街地を離れ、郊外を北上する。 地形が山がちとなり、道幅も狭くなる。 冬は路面が凍結し、地吹雪にも見舞われる。 ここは、けして楽な生活環境ではない。
ある年の、初夏の頃だったか。 山あいの、わずかに開けた地形の辺りに、 狭いながらも、水田が残っているのが見えた。 それは感動の光景だった。
かつては、原生林や原野であったはずだ。 交通の便も、はるかに悪かったであろう。 人が自然と向き合い、関わり、調和した。 その見事な成り行きが目の前にあった。
だが、もっと素晴らしい事実に気付く。 もともと、稲は亜熱帯が原産地である。 日照不足や冷気に弱い、寒がりな植物だ。 それが、冷涼なこの地の山間で栽培されている。 何千年もの、執念の結果としか言いようがない。
シルクロードの終点が「正倉院」ならば、 ライスロードの終点は、この北海道のどこかだ。 それはラクダの歩みよりもはるかに遅く、 モミ一粒に民族の歴史の重みを込め、 この地まで導かれたのだ。
今年、夏の頃に試してみよう。 あの道を、さらに北へと走り、 「稲の終着駅」に行き着けるのかを。 僕が受け続けた「恵み」の広がりを、 この眼で確かめなければならない。 |