知床への途中、標津(しべつ)町に立ち寄った。 ドライブインの2階から、根室海峡が望めた。 海峡の向こうに、国後(くなしり)の島影。 30歳の頃、初めて見た「北方領土」だった。
強い風のせいか、それとも海流のせいなのか、 海面が、川のように流れて見えた。 その様子が、断絶の雰囲気を強調していた。
島にそびえる山も見えた。 その裾野は「北海道泊村(とまりむら)」だ。 かつてはアイヌ語の地名もあったに違いない。 だが今は、ロシア語の地名でも呼ばれる土地。 複雑な気分にさせる風景だった。
本当ならば、狭い海峡越しの「隣村」のはずだ。 そこに行くのに、なぜか「ビザ」が必要になる。 他国のサハリンを経由し、他国の飛行機で行く。 「北方領土」という、不自然な言葉で呼ぶ。 目の前にあり、実は沖縄よりも遠い島。
あの風景は「観光」ではなかった。 教室では経験しなかった実感が迫った。 あの日の空が、晴れていたのが救いだった。 そうでなければ、重苦しさが増したことだろう。
島影は、知床の峠を越えるまで、見え隠れした。 海峡の向こうの、孤独な姿。 15年経ったが、今でも思い出される。
僕らの世代は、何ができるのだろう。 疑問のままで、終わらせてはならない。 |