この地上に、沢山の生命の形があります。 それぞれの形が、生物の「種」として成っています。 それは何十億年もかけて変化した結果です。
最初の生命は、海の底でできたとも言われます。 それが複雑に進化し、いろいろな「種」になった。 そのように考えられているようです。 遺伝子の仕組みも解明されつつあります。 その遺伝子に手を加えることも行われています。 知りたがりの人間は、こんなこともしています。 しかし、人にはできないことがあります。 ゼロから遺伝子そのものを造ることはできません。 原始の海にいた、最初の生命の形も造れません。 ましてや、人間のような種は絶対に造れません。 人は神様ではないのですから。 人は、「子作り」はできます。 でもそれは、生命の仕組みを借りただけのこと。 生命を人の形に変え、人を殖やしただけなのです。 生命そのものを「造った」わけではないのです。 生命の仕組みを設計したのは誰なんでしょう。 この地球環境に合わせて管理した者がいたとして。 もちろん、人間ではありません。 人間をはるかに超えた存在がありそうです。 そもそも、地球自体が奇跡の星でしょう。 生命にあふれる星が、非常に稀な例なのです。 それが何十億年も続いている。 仮に偶然の結果だとしても想像を絶します。 人間に進化したことは、とても幸運なできごとです。 その幸運こそが生命の仕組みの結果です。 人の力の及ばない、偉大な仕組みです。 人間、各個人は、その仕組みの中で生かされています。 僕が、命は「天」からお預かりしてると思う理由です。 人に親子や友人、隣人の「絆」があります。 その「絆」の本質は「生命のつながり合い」なのです。 生命の仕組みの中でのつながり合いなのです。 他人とだって、実は関わりあっていたんです。 だから「無為な死」を悲しく思うのです。 自殺、殺人、戦争なんかが忌まわしいのです。 最近の硫化水素の事件だって同様です。 人は生きる意味を思い続けました。 互いに救い合うことも思い続けました。 命の仕組みの管理者を「神」と思いました。 そして、さまざまな「宗教」も生まれました。 「宗教」は単に迷信から発生したものではありません。 人が自然に感じた、純粋な精神の結果なのです。 中東の自爆テロを誤解しないで下さい。 あれは宗教をねじ曲げ、悪用した行為です。 人の純粋な精神は、無為な自殺や殺人を否定します。 命の仕組みに対する「犯罪」でしかないからです。 人生には辛いことだって沢山ありますよね。 だったら、救いを求めてください。 また、今幸福な人は、隣人を救ってあげて下さい。 泣くことや弱気になることは当たり前のこと。 誰にだっていつかはあります。 当然、自分にだっていつかはあります。 孤独に思う人のための相談電話もあります。 人は支えあうことを忘れてはいません。 人の絆、生命の奇跡や意味を信じて下さい。 今日も勝手な展開で申し訳ありません。 大変で、まとまり良くはなれません。 それでも、しばらく書き続けたい気があります。 僕なりに「生かされて」いると思うからです。 次は、僕が生きる使命を感じた日のこと。 ささいな日常の事件のことを書きます。 |