不思議な交通事故でした。 一方的に迷惑を被りました。 許し難い状況でもありました。 なのに、怒りの感情が全くなかったのです。
3年前の春先のことです。 突然の仕事で、深夜に及ぶ残業になりました。 今思えば、これが事の発端でした。 真夜中近くの帰宅時、赤信号の交差点で停止。 帰宅経路は、そのまま直進となる場所でした。 青信号になり、ゆっくりと発進したその時です。 対抗車線の車が右折状態でぶつかってきました。 当然、僕の車が優先となります。 僕は危険を感じ、ブレーキも踏んでいます。 見切り発車や、急発進もしていません。 つまり、全面的に相手側の過失です。 しかも、相手(男性)に重大な問題がありました。 彼は飲酒運転だったのです。 彼は丁寧に、顔写真入りの名刺を差し出しました。 有名企業の管理職の肩書きになっていました。 そして僕に懇願したのです。 「逃げはしません。でも警察は勘弁して下さい」と。 どうやら、倫理に厳しい会社だったようです。 妙な話、物腰は紳士的で誠実な感じでした。 一瞬、武士の情けとも思いました。 しかし、僕は110番に通報しました。 「犯罪者」をかくまうことも、重大な犯罪だからです。 近くの交番で取り調べになりました。 かなりの呼気アルコールが検出されました。 飲酒後に、かなりの距離を運転もしていました。 よくぞここまで無事だったという状態です。 そして彼は「逮捕」され、本署に連行されました。 でも、僕に怒りの感情が無かったのです。 車は、ほぼ走行不能状態に壊されています。 飲酒運転も許せない犯罪だと思っていました。 また、僕は非常に短気な性格でした。 それなのに、彼の身の上さえ案じていたのです。 実はその後、半年以上も悩んでしまいました。 最悪、彼は会社を解雇されたかも知れない。 彼を信じて、その場は見逃せばよかったのかもと。 後悔に近い思いでした。 今思えば、馬鹿な感情でしたが。 気持の整理がついたのは、妻のおかげでした。 「貴方は、選ばれたと思いなさい」との言葉でした。 妻の説明はこうでした。 いろいろな話から、多分、彼は常習犯である。 いつかは人を殺すか、自分が死ぬ確率が高い。 そこで、何かが彼をその交差点に導いた。 また、その時間に僕も導かれた。 そして双方に怪我の無い程度の事故を起こさせた。 これが教訓になって、彼はもう無謀なことはしない。 短気な僕も、他人を案じて悩む思いを経験した。 突然の残業も、そのためにあった。 そう思えばいいじゃないかと。 全く後付けで、こじつけに近い説明とも言えます。 しかしその時、妻がものすごい人物に見えました。 その後、僕はこう考えるようにしました。 たとえ不快な出来事でも、意味があると思えばいい。 後付けでも、毎日の出来事に意味を付ければいい。 僕の不快や面倒の分、何かが無事な状態になる。 それを「使命」と思って暮らせばいいじゃないかと。 僕たち夫婦には子供がいません。 それだけで、人生に未完成があると思っていました。 でも、それも何かの配慮なのかも知れない。 その分、僕達は何かを成しているのかも知れない。 そう思うだけで、毎日が少し明るくなりました。 所詮、これも僕の浅知恵に過ぎないことでしょう。 もし「神様」がいても、御心は理解し難いでしょうし。 でも、見方を変えれば前向きだと思いません? これ以降、僕は生きる使命を確実に感じています。 交通事故ぐらいで、大げさだと思わないで下さいね。 これが実感なんだから、動かしようがないのです。 この思いで、抑うつ症だって乗り越えた気もしますし。 今、誰にでも使う言葉があります。 生意気ですが、紹介させて頂きます。 「目線を上げるだけで前向き」です。 空々しいですか? でも、僕には実感なんです。 皆さんは、いかが感じられたでしょうか。 僕は人生が、明るくなった気がするんですが。 |